2013年01月15日

地球SF大全 2 少年の夢よ再び――福島鉄次『沙漠の魔王』が復刻された!(藤元登四郎)

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地球SF大全 2 
 少年の夢よ再び
 ――福島鉄次『沙漠の魔王』が復刻された!


 藤元登四郎

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「沙漠の魔王」完全復刻版 [コミック] / 福島 鉄次 (著); 秋田書店 (刊)

●『沙漠の魔王』から『砂漠の魔王』へ

 2012年春、神田の本屋で、秋田書店創立65周年記念特別企画として、『沙漠の魔王』の合本の全10巻が復刻されるというポスターを発見した。
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 胸は高鳴った。ああ、私はいつも『沙漠の魔王』を夢見ていたのだ。実際、全巻そろえるとすれば、古書価で百万円近くにはなるだろうし、そもそも入手自体が不可能である。この作品が連載されていた『少年少女冒険王』(以下は「冒険王」と記す)でさえも一冊が数万円以上の値段をつけている。こういう次第で、10巻まとめて読むなどということは、かなわぬ夢であるとあきらめていたのである。ところが、今、もう一度この本をまったく新しい状態で読むことができるのである。私はすぐさま予約した。
 予定通り、8月10日には素敵な化粧箱入りで送ってきた。この合本は、「冒険王」の連載をまとめたもので、第一巻から第九巻までは昭和27年に発行されたものである。昔、私はこのほとんどの巻を所有していたので、内容ははっきり記憶していた。しかし第十巻は、それ以降の作品をまとめたもので、今回の企画のために新たに編纂されたものである。私は中学校に上がると、「冒険王」から遠ざかってしまったので、第十巻の内容をほとんど知らない。そこではほとんどが初めてお目にかかるものであった。特に、第十巻の後半にはモノクロの部分があるが一体どうしたのだろうか。
沙漠の魔王 完全復刻版 秋田書店創立65周年記念特別企画 12巻セット
 それから今になって特筆すべきことは、『沙漠の魔王』の「沙」という字は第四巻まで使用され、第五巻から「砂」の字に変わり『砂漠の魔王』となっていることである。これは、漢字の時代的な変遷や、教育制度が次第に整っていく様を反映している。
 さて、化粧箱には、合本全10巻に加えて、『ボップ少年の冒険 ダイヤ魔人』と『沙漠の魔王読本』と、さらに「冒険王」に入っていた付録まで付いていた。付録は沙漠の魔王双六、魔王凧、魔王カレンダーの三点であった。魔王カレンダーは驚くなかれ、昭和二十六年のものである。もはや使い物にならないが、じっと見つめていると、幸せだった小学生時代がよみがえってくる。これを見るとあの頃は、今に比べると休みは少なかった。また、この付録の凧作りをやった記憶があるが、子どもの手作りなので、魔王は空中に舞うことはできなかった。腹を立てて破り捨ててしまったが、付録とはその程度のものであった。ところが今は宝もののように貴重なものである。魔王双六では、炬燵で母の焼いてくれた餅を食べながら弟と遊んだものである。この付録がすっかり忘れていたことを昨日のように再生させたことは、人間の記憶の不思議さを感じさせる。2013年の元旦は、年老いた男一人で、ひっそりと魔王双六をやった。幸せな正月であった。


●冒険王

 『少年少女冒険王』は秋田書店から発行され、1949(昭和24)年4月が創刊で1983(昭和58)年4月に幕を閉じた。ちょうど、その時代は、『少年クラブ』、『少年画報』、『少年』など少年雑誌が発行されていたが、『冒険王』は『沙漠の魔王』人気で勝るとも劣らぬ地位を占めていた。これらの雑誌はすべて、現在世界を席巻している日本漫画の原点というべきものである。
 『冒険王』創刊号は福島鉄次が表紙を描き、『ボップ少年の冒険 ダイヤ魔人』が四色刷りで掲載されていた。この美しい漫画が人気を呼び、『冒険王』は3日間に3万部を売り切ったという。最初は2、3回で終わる予定だったが、出てきた巨人が大好評であったので、翌四月号から巨人である「魔王」を強調して、題名が『沙漠の魔王』と変更された。魔王人気はうなぎのぼりに上がる一方で、1978(昭和33)年の「冒険王」新年号では実に55万部にも達したという。もちろん私も、小学生時代は『冒険王』の発売を首を長くして待っていたものであるが、中学校に入ると興味は次第に他の方に移っていった。


●福島鉄次(1914-1992)

 福島県出身の画家で、戦前は軍事物や時代物の挿絵を描いていた。戦後、横須賀駅で、秋田書店の創設者である秋田貞夫とぱったり出会ってから、再び挿絵画家に戻ることになった。その当時は、進駐軍が放出したアメリカン・コミックが路上にござや毛布を敷いて売られていた。福島は、ターザンとかアラビア風とかを買い込んできてこの作品を描く参考にした。またアメリカ映画も大人気で、映画ファンの福島は、アラビアの盗賊の服装を参考にして魔王の姿を仕上げた。ストーリーは、ぶっつけ本番で、その号を仕上げてから考えるという風であった。
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 その時代は、敗戦によって、日本の伝統的文化は破壊され否定されて、老いも若きもアメリカ文化崇拝一本であった。『沙漠の魔王』の主人公のボップ少年は、名前も顔つきもアメリカ人のようであった。しかし、その当時人気のあった多くの漫画の主人公は、小松崎茂の作品など西洋人が多かった。これはアメリカ映画ブームだったので、日常生活にアメリカ人が入り込み違和感を抱かせなかったからであろう。むしろ西洋の少年が登場することは、アメリカの映画のように、すぐれた作品であることの証明であるようにさえ思われた。逆にいえばそれほど、日本本来の文化の価値は地に落ちていたのである。
 小野耕世は、『沙漠の魔王』は「敗戦後の苦しい時代の日本の少年読者たちへのぜいたくな贈り物であった」と指摘している。実際、この作品の美しい四色刷りの印刷を見ていると、廃墟の中に生きる少年たちの心をいかに豊かにしたかが理解できる。その頃の少年雑誌は、表紙だけは見事なカラーだったが、掲載されている漫画はほとんどがモノクロで、小松崎茂や山川惣司の作品も色刷りであったが、『沙漠の魔王』ほど手の込んだ華麗な印刷ではなかった。
 福島は、アメリカン・コミックのようなものを目指して、そこで使用されているような細い筆を使った。彼はアメリカン・コミックに負けないものを創造しようという気概で挑戦したのである。
「デッサンは私自身、一生懸命やりました。気に食わないと何回も消しゴムで消して、それからはじめてペンをおろすというので、非常に遅い。遅いから16頁描いて色を塗るとフウフウです」

 と、福島は苦労を語っている。


●『沙漠の魔王』を再読する

 不思議なことに、60年ほど前に読んだのであるが、今、もう一度読み返してみても印象は変わらない。特に第一巻の表紙の、アラビア風の服装の魔王が右手に剣、左手に香炉を持ってすっくり立ち、そこに銃を持ったボップ少年が馬上から、魔王をにらみつけている場面は、今だに新鮮で胸が躍る。
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 物語はターザン映画とアラビアンナイトとギリシア神話が混合され、今でいうファンタジーに近いものである。しかし、次第に飛行機や戦車などが登場してSF風になっていく。舞台はジャングルで、ボップ少年は探検家の服装で、ターバンを巻いたアラビア風の人物が登場する。彼らに襲われたボップ少年は不思議な香炉にめぐり合った。その香炉に香木サラ樹をたくと、煙の中から魔人ブラダが突然姿を現し、良い事でも悪い事でも命令されるがままに行動するのである。やがて、ドゴイ族という小人土人が襲撃し怪獣が現れる。ボップ少年やその仲間は次から次に襲撃されるが、勇気を持って危機を乗り越えていく。どうしても抜き差しならぬ危機に陥ると、魔王が現れてボップ少年や仲間を救出する。恐るべき敵と魔王が格闘する姿は、今になっても、形容する言葉が見つからないほど感動的である。
 メリーという女の子が登場し、ターザン映画のジェーンのような原始的な姿で活躍する。メリーが怪人ガンゼに寄り添っている姿は、古風で可憐で色っぽくて、愛読者の少年たちを魅惑したのは至極当然のことである。こうして年取ってから見ても、福島鉄次の女性が古風な魅力に満ちていることには感心させられる。
 第二巻の後の方には、飛行機や怪飛行艦やロボット戦闘機が登場するが、それらの形は何といえず魅力的である。福島鉄次は、まるで様々な女性でも描くように、エロチックなマシーンを表現している。巻が進むにしたがって、作者自身も完全に作品の中に没入し、画面は圧倒的で恍惚とした力や緻密さに満ちてくる。
 第四巻になると、魔王は戦闘機を剣で切り、飛行機に組み付きあっという間にばらばらにしてしまう。この場面の迫力は圧倒的である。最新鋭の無人機、今でいうミサイルが魔王をねらうが、ひらりひらりと身をかわして当たらない。落下傘で降下してきた戦車の攻撃も通用しない。
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 第5巻になると潜水艦も登場するが、そのメカニックの見事さはたとえようがない。また、魔王の偽物のロボットまで現れる。
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 ところが、第九巻になると再び、ジャングルの蛮族が現れて、激しい戦いになる。
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 そして、第十巻になると、次第にどぎつい戦いはなくなって、生気を失い、後半になるとモノクロの部分が現れる。残念なことだが、『沙漠の魔王』の魅力は失われて、結局、終了してしまった。


●『沙漠の魔王』の悲劇

 『沙漠の魔王』がなぜこのような突然の終末を迎えたのか、私はまったく知らなかった。しかし、付録の『沙漠の魔王』読本にある、漫画研究家中野晴行の『沙漠の魔王誕生秘話〜福島鉄次と秋田貞夫〜』を読んでショックを受けた。正直にいって、持って行きようのない激しい怒りが湧き上ってきたというべきであろう。その部分を引用しよう。
  55年2月11日付の『朝日新聞』には、教育者で戦前の「生活綴方運動」の推進者であった滑川道夫が「青少年読み物を健やかに、出版界への警告と民間勢力結集の提案」と評した記事を寄稿している。この中で滑川は、児童雑誌の半分をマンガや絵物語が占め、その大部分が怪奇冒険探偵小説・活劇物語・空想科学小説・講談の類であることを指摘。さらに内容が荒唐無稽で、非科学的かつ前近代的であると嘆いた。

 これをきっかけとして、「母の会連合会」が悪書を「見ない、読まない、買わない」の「三ない」運動を展開し、5万冊の悪書を切り裂いて古紙業者に売るというパフォーマンスをやったという。もちろん『沙漠の魔王』も荒唐無稽でけばけばしい漫画としてやり玉に上がった。そしてその翌年1956(昭和31)年二月号で『沙漠の魔王』は唐突に終わった。いや、終わらざるを得なかったといえるだろう。
 おそらくこの頃、これまで発行された漫画や少年雑誌は多くが処分、すなわち焚書にされてしまったと思われる。このことが、現在、当時の漫画の古書価が天文学的数字に跳ね上がっている理由の一つであろう。実際、私もその時代の風潮に巻き込まれて、それまで所有していた『沙漠の魔王』や他の漫画を処分してしまった。惜しいことをしてしまったものだ。私と同様に悔しい思いをしている人々も多いだろう。実際、じっと持っていたならば、ひと財産できたであろうからである。
 今こうして振り返ってみると、『沙漠の魔王』は当時の少年たちの希望であった。食べ物もおやつも十分ではなく、いつもおなかをすかせていた。遠足のときに、森永ミルクキャラメルや明治クリームキャラメルやグリコを楽しみにしている時代で、チョコレートなんてほとんどなかった。着るものも十分ではなく、つぎはぎだらけのおさがりの服を着て下駄をはいていた。大人たちは敗北感に打ちのめされていたが、このような中で福島鉄次は、未来を担う子どもたちのために情熱を燃やして、この作品を描いたのであった。そうでなければ、このような熱気あふれる作品は完成しなかっただろう。
 『沙漠の魔王』は、藤子不二雄Aや宮崎駿など偉大な漫画家たちに大きな影響を与えた。特にその経緯は、この付録の中で、映像研究家の叶精二『宮崎駿監督と「沙漠の魔王」』が詳細に述べられている。その影響力の大きさには驚くばかりである。時代は大きく変わり、教育の荒廃が騒がれている。しかし、この荒廃の原因の一つは、少年たちの心を踏みにじった、無理解で哲学のない偽善的な運動にあることは間違いない。二度とこのような誤りはおかしてはならない。


●おわりに

 今や、日本の漫画は今や世界を席巻している。これらの漫画の原点の一つは『沙漠の魔王』にあるといっても過言ではない。福島は第一巻の彼の写真入りの「巻頭言」で次のように書いている。
「皆さんも、『沙漠の魔王』をそして『冒険王』をお読みになる時は、唯面白いと云うだけではなく、その中から、悪いことはしりぞけ、正しい事はあく迄やり通す精神、どんな苦しい事にあっても、これを笑って迎え、決してへこたれぬ勇気をくみとって頂いたなら、私はそれ以上の喜びはないと思います」

 この言葉をいま読み返してみると感動で胸が熱くなる。私は福島が書いている通りの精神でへこたれずに、この年まで生きてきた一人である。ここで改めて愛読者として、偉大なる画家、福島鉄次に敬意を表するとともに心より感謝申し上げる。また、『沙漠の魔王』を復刻された秋田書店の方々のご勇断に厚く御礼申し上げる。


【参照】 『沙漠の魔王』完全復刻版、秋田書店、2012。
【編注】 引用画像は秋田書店のウェブサイト(http://www.akitashoten.co.jp/f/html/sabaku.html#&slider1=6)および紀ノ国屋Web(http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4253102018.html)、三鷹の森ジブリ美術館のウェブサイト(http://www.ghibli-museum.jp/welcome/exibition/sashieten/007691.html)より。
posted by 21世紀、SF評論 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 地球SF大全 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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