2013年05月23日

イアン・ワトスン「銀座の恋の物語」『ヨナ・キット』(礒部剛喜)

《スーベニアブック版「東京SF大全」再掲にあたって》
 日本SF評論賞受賞者有志は、去る2010年8月7日〜8日に開催された東京での第49回日本SF大会(tokon10)を応援するために、大会参加者に限定配布された「TOKON10スーベニアブック」へ「東京大全」(東京に関したSF作品のレビュー)を寄稿しました。
 それぞれの原稿が扱った題材は、TOKON10実行委員会公式ブログ(http://blog.tokon10.net/)および「SFマガジン」2010年9月号で連載されたものと重複するものもありますが、ブログや雑誌記事との差別化が意識されている原稿になっています。このたび、その意義をご理解いただいた関係各位の許可を得て、「21世紀、SF評論」において、連載という形で再掲していきます。ご笑覧いただけましたら幸いです。(岡和田晃)

イアン・ワトスン
「銀座の恋の物語」
(1974年、ハヤカワSF文庫『スロー・バード』所収 大森望訳)
『ヨナ・キット』
(1975年、サンリオSF文庫 飯田隆昭訳)
評者:礒部剛喜
スロー・バード (ハヤカワ文庫SF) [文庫] / イアン ワトスン (著); Ian Watson (原著); 大森 望 (翻訳); 早川書房 (刊)
 「銀座の恋の物語」は、見事なまでの神話的短編だ。東京テーマのSFで、これほど神話性の強い短編は他にはあるまい。
 「むかしむかし、時は西暦二千年…」というくだりで始まるこの短編は、擬似科学のジャーゴン(占星コンピュータ、ネオンまたたく自動ドアつきタクシー)満載の近未来の東京銀座が舞台。堅実でかつ上昇志向の強いサラリーンであるケンゾーは、ホステス上がりの美貌の妻ケイが、自分にそぐわない女であることに気づき離婚する。水商売の世界に復帰したケイは、暗示性魔法・和合機械によって別の人格を得るが……。
 不条理を伴いながらも愛への回帰を謳ったこの短編は、「むかしむかし、時は西暦二千年…」というフレーズが実に八回も繰り返される神話的な円環構造で、物語のテーマは一目瞭然、〈と再生〉である。ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』そして筒井康隆の『ダンシング・ヴァニティ』と同じテーマの追求だ。
 小説の構造に神話的宇宙像が再構築されている点でより際立っているのが長編『ヨナ・キット』である。海洋の軍事的覇権を握るために進められた、鯨の脳に人間の意識を転写する研究の過程で、宇宙飛行士の意識を複写された少年リーニンはソヴィエトを脱出し、日本を経由してアメリカに亡命しようとする……。
 鯨に呑み込まれた旧約聖書の人物の名を与えられた少年の数奇な物語は「銀座の恋の物語」とは違った視点から、神話へのアプローチを試みている。神話学者ジョゼフ・キャンベルはヨナの物語をして、未知なるものに呑みこまれ、表面的には死したように見えながら再生の道を歩む英雄の体験を象徴している、と述べている。リーニン少年が鉄のカーテンという魔の境界を抜けて再生への道を辿る最初の舞台をワトスンが東京に置いたことは、キャンベルの言葉とは無関係ではない。東京は生まれ変わることを目的として、英雄となるものが巡らなければならない未知の内部世界―鯨の腹という胎内なのである。
 これは「銀座の恋の物語」と同じく、ワトスンにカルチャー・ショックを与えた東京での生活体験に基づくものかもしれない。ワトスンの見た東京は「テクノロジーの爆弾が市民の日常にくまなく浸透している」とともに「大気汚染という遅効性の毒がもたらす完全な死と同居している」二十一世紀的環境だったからだ。
 SFは「アイデアの神話」であり、「重大かつ真摯な集合神話機能を有する」と主張するワトスンは、その長編のテーマに人間の意識的変革というモチーフを多く用いているが、その原体験は東京でのカルチャー・ショックにあると見なすことは誤りではあるまい。
 奇想天外な着想が異彩を放つ作家と見られているが、ワトスンの作品はいずれも強い神話性を帯びているのが特徴だ。本書『ヨナ・キット』しかり、『マーシャン・インカ』しかり、未訳だが、大胆にもUFO現象反地球外起源仮説をテーマにした『奇蹟の訪問者(Miracle Visitors)』しかりである。彼のヴィジョンにあっては、東京は神話的都市と化すのだ。あっぱれ、イアン・ワトスン!
posted by 21世紀、SF評論 at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京SF大全(スーベニアブック版再掲) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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