2012年08月01日

『歌と饒舌の戦記』(藤田直哉)

《プログラムブック版「北海道SF大全」再掲にあたって》
 日本SF評論賞チーム有志は、去る2012年7月7日〜8日に開催された夕張での第51回日本SF大会(Varicon2012)を応援するために、大会参加者に限定配布された「Varicon2012プログラムブック」へ600字程度の「北海道大全」(北海道に関したSF作品のレビュー)を寄稿しました。
 それぞれの原稿が扱った題材は、Varicon2012の公式サイト(http://www.varicon2012.jp/index.html)で連載されたものと重複しますが、単なる縮約にはとどまりません。より広い読者へ向け、SFの意義を提示する開かれた文章を目指しました。このたび、その意義をご理解いただいた関係各位の許可を得て、「21世紀、SF評論」において、連載という形で再掲していきます。ご笑覧いただけましたら幸いです。(岡和田晃)


『歌と饒舌の戦記』
作者:筒井康隆
初出:新潮社 1987
最新版:新潮文庫 1990
担当:藤田直哉
歌と饒舌の戦記 (新潮文庫) [文庫] / 筒井 康隆 (著); 新潮社 (刊)
歌と饒舌.jpg
 「文學界」に掲載(1986 − 87)された『歌と饒舌の戦記』は「饒舌」によって政治的問題を「回避」して「すり抜ける」という企みの小説である。1980年代に大流行していた「戦記もの」「戦記シミュレーション」のパロディに近い内容になっている。
 北海道をソ連が占領し、そして日本側はゲリラとなって闘うという設定のこの「架空戦記」は異様と言うしかない。戦争が始まる動機は「面白そう」だからである。ソ連は北海道に攻め込み、「北海道人民共和国」を建設することになる。イデオロギーと、革命=戦争の問題を扱うのに、北海道という場は恰好の場所であったと言えるだろう。なにせ、プロレタリア文学運動盛んなりし土地として文学的には記憶される場所であるのだから。
 「革命」と「戦争」が主題となり、様々な形でイデオロギーなどが衝突する本作は、北海道という、「領土」や「民族」「イデオロギー」などの問題を潜在的に抱えており、虐殺の歴史を背負っている「政治的」な場であるからこそ、記号化されたイデオロギー、記号としてのキャラクターが記号としての戦争を起こしているという「書き方」によって批評性が高まっている。まるでゲームのように現実や地名や人名を感受している主体のリアリティは、空知川を丹念に描写する国木田独歩よりも、北海道の生活者のリアリティにむしろ近いように、札幌出身のぼくは感じてしまうのだが、如何だろうか。

2012年07月25日

『いたずらの問題』(藤元登四郎)

《プログラムブック版「北海道SF大全」再掲にあたって》
 日本SF評論賞チーム有志は、去る2012年7月7日〜8日に開催された夕張での第51回日本SF大会(Varicon2012)を応援するために、大会参加者に限定配布された「Varicon2012プログラムブック」へ600字程度の「北海道大全」(北海道に関したSF作品のレビュー)を寄稿しました。
 それぞれの原稿が扱った題材は、Varicon2012の公式サイト(http://www.varicon2012.jp/index.html)で連載されたものと重複しますが、単なる縮約にはとどまりません。より広い読者へ向け、SFの意義を提示する開かれた文章を目指しました。このたび、その意義をご理解いただいた関係各位の許可を得て、「21世紀、SF評論」において、連載という形で再掲していきます。ご笑覧いただけましたら幸いです。(岡和田晃)

『いたずらの問題』
作者:フィリップ・K・ディック(大森望訳)
初出:Ace Books 1956
最新版:創元SF 文庫 1992 ※邦訳版
担当:藤元登四郎
いたずらの問題 (創元SF文庫) [文庫] / フィリップ・K. ディック (著); Phil...
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 『いたずらの問題』はディック(1928-1982)が愛着を抱いていた作品である。「いたずら」心は、彼の作品では重要な役割を果たしている。この作品は、反共ムードの中にマッカーシズムの嵐が吹き荒れた1956 年前後のアメリカを反映する「社会SF」であり、アンフェタミンの幻覚妄想体験を反映する「私SF」である。冷戦の最中では、北海道は自由世界の橋頭堡であった。舞台は、核戦争後の高度に道徳化されたモレク社会で、住民たちはお互いに禁欲的な生活を送るように監視しあっていた。アレン・パーセルは、公園に忍び込んで発作的にモレク社会の創設者、英雄ストレイター大佐の像に赤いペンキを塗ってしまった。しかしその記憶は完全に抜け落ちていた。アレンは、黒い髪の少女グレッチェン・マルバルトと出会い、幻覚妄想の世界に誘い込まれた。彼は、テレメディアの局長の権限を利用して、北海道に逃れ無断居住していたシュガーマン教授とトーマス・L・ゲイツを呼んで、テレビ対談を行った。ストレイター大佐は道徳家どころか人肉を食べたというキャンペーンを大成功させた。モレク社会の姿はアメリカばかりではなく現在の日本の状況にも当てはまる。ディックが『いたずらの問題』で示したように、北海道が自由世界の橋頭堡であり続けることを期待したい。

2012年07月20日

【はじめに】(岡和田晃)&『アイヌ神謡集』(横道仁志)

《プログラムブック版「北海道SF大全」再掲にあたって》
 日本SF評論賞チーム有志は、去る2012年7月7日〜8日に開催された夕張での第51回日本SF大会(Varicon2012)を応援するために、大会参加者に限定配布された「Varicon2012プログラムブック」へ600字程度の「北海道大全」(北海道に関したSF作品のレビュー)を寄稿しました。
 それぞれの原稿が扱った題材は、Varicon2012の公式サイト(http://www.varicon2012.jp/index.html)で連載されたものと重複しますが、単なる縮約にはとどまりません。より広い読者へ向け、SFの意義を提示する開かれた文章を目指しました。このたび、その意義をご理解いただいた関係各位の許可を得て、「21世紀、SF評論」において、連載という形で再掲していきます。ご笑覧いただけましたら幸いです。(岡和田晃)


 【はじめに】
 北海道で初めて刊行された文学同人誌「北海文学」(1893 年)の巻頭には、次のような宣言がなされていたといいます。
 「題して北海文学と申候も北海敢(あえ)て或る特定の文学を有し候義にはこれなく、又是れ世界の文学(World Literature)に進めんと欲するものに御座候。」(向井豊昭『北海道文学を掘る』)
 この懐の深さは、まさにSF ではないでしょうか。
 日本SF 評論賞チーム・プロジェクト北海道(日本SF 評論賞受賞者有志)は、ゲスト参加者に「SFマガジン」で「世界SF情報」を連載中の橋本輝幸氏を迎え、北海道と深い関わりのあるSF作品を――古きも新しきも、ジャンルの垣根を超えて――Varicon2012 参加者の皆さまへとご紹介いたします。
 Varicon2012 公式サイト(http://www.varicon2012.jp/index.html)では、より詳しい論考を読むことができますので、ぜひ、アクセスしてみてください。(岡和田晃)

『アイヌ神謡集』
作者:(知里幸恵訳)
初出:郷土出版社 1923
最新版:岩波文庫 1978
担当:横道仁志
アイヌ神謡集 (岩波文庫) [文庫] / 知里 幸恵 (翻訳); 岩波書店 (刊)
 アイヌ民族のあいだに口承で伝えられて来た叙事詩・ユーカラ。そのユーカラを、アイヌ人の少女・知里幸恵は、ローマ字による原音表記と共に日本語に翻訳した。その当時、アイヌ民族は、本土の同化政策によって固有の生活様式を破壊され、話す言葉さえ日本語に置き換えられようとしていた。愛する自分たちの先祖が使っていた美しい言葉が、亡びゆく弱きものと共に消え失せてしまうのはあまりにいたましく名残惜しい――知里幸恵は、序文の中で本書の執筆動機についてそう語っている。
 「亡びゆく弱きもの」とは、幸恵自身を含むアイヌのことでも、本来アイヌのものではない「文字」の力によらずしては、もはや記憶に残りえないアイヌの神々のことでもある。明治政府が日本語の使用を強制したとき、すでに純粋なアイヌの文化は滅亡を予告されていた。にもかかわらず、知里幸恵が『神謡集』を編んだその理由は、「ユーカラ」という言葉がそもそも「真似」を意味していたことにある。ユーカラが伝える民族の記憶とは、物語の字義的な内容が時代を経てどれほど変容しようとも、先祖の事蹟を模倣する謡い手の身振り自体の中に宿るのだ。だからこそ、知里幸恵は敢えて「美しい言葉」を文字に託して後世に遺そうとする。彼女が真に伝えようとしたのは、目に触れる文字の力強さの裏に密かに木霊する、アイヌのささやかな声そのものに他ならない。

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