2011年11月17日

講座科学とSF03「脳の偏りを巡る100000年の悲しみ」高槻真樹

 間にドンブラコンと「静岡SF大全」がはさまったため、大変遅くなってしまったが「科学とSF」について締めくくりの評論をさせていただきたい。

 ここまでふたつの評論から導き出されるのは「人間とは何か」という哲学的設問に答えようとする時に、SF的思考が非常に役に立つのではないかということだ。もちろん人間の本質について考えているのはSFだけではない。しかし、人間の脳のふるまいには独特の偏りがあり、あらかじめ疑いの目を持って考察を進めていかないと思わぬ落とし穴に落ちる。

 最近、人間の脳の悲しき偏りについて、痛感させられる映画を二本見た。一見何の関係もない両者だが、SFの目から見た時にその共通点はいやがうえにも目に付く。

 ひとつは「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」(チャールズ・ファーガソン監督)。

インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実 [DVD] / ポール・ボルカー, ジョージ・ソ...

インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実 [DVD] / ポール・ボルカー, ジョージ・ソロス, エリオット・スピッツァー, バーニー・フランク (出演); チャールズ・ファーガソン (監督)

 マット・デイモンがナレーションを務めたアメリカのドキュメンタリーだ。リーマン・ブラザーズ破綻とそれにともなう世界同時不況の裏側で何が起きていたかを検証する。そこから導き出される真実とは、まさしく愚かな人間の本質だ。つまり目先の利益に目がくらみ、冷静に考えれば少し先に恐るべき破綻が待ち受けていることはすぐ分かるはずなのに、「きっと何とかなるさ」と根拠のない楽天主義にとらわれてしまう。

 いわゆる「格付け会社」がいかにいい加減に企業査定を行っていたか、見張られていないと人間はどれだけデタラメをやるかが暴き出される。つまり経営陣から頼み込まれて接待漬けの挙げ句、破綻寸前の企業に超優良のお墨付きが与えられていた。もちろんデタラメをすれば世界経済に負荷がかかり、いつか破綻することは目に見えていた。事件の真相究明にあたった米議会で、召還された格付け会社のエリートたちは「格付けって、ただの意見ですから」「まあなんとかなるだろうと思っていました」と悪びれずに答える。

 どこかで似たようなケースがなかっただろうか。そう、福島第一原発事故だ。「想定外」というのは実は大嘘で、最近の報道で明らかになってきた通り、いつか大地震が起きたらメルトダウンと水蒸気爆発が起きることは東電もよく理解していた。それなのに、実際には何の対策も取られなかった。「統計的には無視できるほど低い確率だから」ということで。

 だがこの論理には大きな穴がある。条件を絞り込んでシミュレーションされるパソコン上の検証と違い、実際の自然現象はいくつもの要素が重なり合って起きる。個々の災害はミクロの可能性でも、ある程度の規模の災害が複数重なり合って被害を大きくする事例は実はかなり多いと私たちは体験的に知っているはずである。ところが、あえてそこに目をつぶろうとする。

 1年後に100万円もうかる、と言われても甘言に乗る人間は比較的少ないが、30年後に5000万円損する可能性がある、と言われても対策を取ろうとする人間はほとんどいないだろう。これが悲しいかな人間の本質なのだ。
「利己的な遺伝子」で知られる生物学者のリチャード・ドーキンスは自説に納得しない人々にこう反論している。

「ダーウィン主義を受け入れにくくしていると思われるもうひとつの素因は、われわれの脳が、進化的変化を特徴づけているのとはまるきり異なったタイムスケールで起きる出来事を扱うようにできていることにある。われわれは、数秒、数分、数年、もしくはせいぜい数十年で完結する過程を認識するようにできている。ダーウィン主義は数万年から数千万年もかかって完成するほど緩慢な累積過程についての理論である。だから、何が起こりそうで何が起こりそうにないかをわれわれが直観的に判断しても、どれもこれもみな、はなはだしく見当違いな結果になってしまう」
リチャード・ドーキンス「ブラインド・ウォッチメーカー」中嶋康裕・遠藤彰・遠藤知二、疋田努訳(ハヤカワ文庫NF)

 人間の脳には偏りがあり、陥りやすい落とし穴がある。そのことに気付くためには、「私」という個人的な視点を捨て、「人間」というより普遍的な視点から見つめ直す必要がある。人間誰しも自分は他人よりは賢いと思いたいものだ。自分だけは賢明であり間違ったり愚かなことはしない、と信じてしまう。そんなことはない、私は違う?だが、テレビのニュースを見ながら政治家や野球の監督を愚か者よばわりしたり、詐欺の被害者をバカにしたりした経験は誰にでもあるのではないだろうか。学校の成績は常にトップクラスだった自分が最も賢明な判断を下せるはず、あるいは学校の勉強はできなかったが勘だけは人一倍鋭い自分の
方が社会では通用する、とか…

 思いこみにとらわれている時に、自分が思いこんでいるということに気づける人間はいない。脳をリセットするためには、何らかの形で視点の転換が必要だ。もちろん例えば「学校の成績より私の勘の方が当てになる」と言う時、人は視点の転換を果たしているつもりになっている。だが、そんなミクロな転換では結局誤差の範囲に収まってしまう。もっと大胆な転換が必要だ。だが日常になじみのない科学や哲学の思想を私たちがそのまま受け入れることはとても難しい。

 SFがここで力を発揮する。物語というベクトルの上に乗っているぶん、理解するための足がかりが確保されているといえるだろう。つまりマクロな視点をミクロな世界から描くことによって、個々の人間にも受け入れやすくする、それがSFの方法論なのである。いかに人間の感性が当てにならないか、ドーキンスが苛立たしげに指摘したことをSFならばより分かりやすく幅広い層に浸透させることができる。それが、今回考えてきたSFと科学の関係性について導き出されるひとつの結論だ。

 そして、この逆の方法をとることもできる。現実に起きている現象にSF的な視点から疑問をぶつけてみれば、人間の愚かさがたちどころに明らかになる。

 そんな一本の映画化がある。デンマークの映画監督マイケル・マドセンによるドキュメンタリー「100,000年後の安全」だ。

100,000年後の安全 [DVD] / T・アイカス, C・R・ブロケンハイム, M・イェン...

100,000年後の安全 [DVD] / T・アイカス, C・R・ブロケンハイム, M・イェンセン, B・ルンドクヴィスト, W・パイレ (出演); マイケル・マドセン (監督)

 フィンランドに、世界で初めて建設された放射性廃棄物の最終処分場「オンカロ」が存在する。最終処分場、とはいっても原発から出るごみである放射性廃棄物を安全に処理する方法を人類はまだ持っていない。つまり、廃棄物がある程度安全になる10万年後までただじっと貯蔵しておく施設。それが「オンカロ」なのである。

 だが過去にこの十分の一の1万年すら持ちこたえた建築物はない。いくら現代の科学が進歩しているといってもだ。

 そしてマドセン監督はあえてオンカロの関係者たちに問う。

「10万年後の住人にどうやって放射能の危険を知らせるのですか?」

 それはまさしくSFが語り続けてきた問いだ。10万年とは、太古から現代までの人間の歴史そのものに匹敵する。10万年後の住民が人間である保証はない。そもそもどんな文明を持っているか、見当もつかない。オンカロ幹部らは正直に吐露する。

「分からん」

 恐ろしいことに、それでも「オンカロ」は建設されてしまったのだ。そしてマドセン監督はなおもしつこく、警告を与える方法はないのかと食い下がり、ひとつの方法が検討されている、という答えを引き出す。それは驚くべきことに

「石版に絵を彫り込んで『ここから離れよ』と警告する」

というものであった。なんとそれはSFの光景に近いことか。まるでアーサー・C・クラークである。ではクラークの「前哨」はどうであったか。

 とりあえずよく分からないメッセージがあったら触れてみる。残念ながら、それが人間に限らず生物の自然な摂理だろう。

 実際に映画の中でも指摘されているが、ノルウェーのルーン石碑には「不届き者が触れてはならぬ」というメッセージが掘られていたという。だが考古学者たちはその警告を無視した。

「遠い未来にはおそらく我々の標識も同じ運命をたどるでしょう」(M・イェンセン/放射能安全機関分析学者)

 ばかげている、という感想を持たれる方がいるとしたらそれはまったく正しい。だが、世界中の原発はこの貯蔵施設を前提に稼働し、放射性廃棄物をじわじわと増やしている。そして日本を含めて他の国は、貯蔵施設の建設にすらたどり着いていない。

 10万年先がどうなるのか?人間はそのことを考えるのは不得手だ。そして放置しておけば「そんな先のことは分からないよ。どうせ自分は死んでるし。何とかなるんじゃないの?」などと無責任に思いこんでしまう。
 押しとどめることができる何かがあるとすれば…それはSFだけだ。(高槻 真樹)
posted by 21世紀、SF評論 at 03:48| Comment(0) | TrackBack(0) | SF評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月13日

講座 SFと科学02 村上もとか 「JIN ―仁―」 ―医学ウクロニーあるいは個人ウクロニー 藤元登四郎

はじめに
 まず、「人間についての謎」をご執筆いただいた戸川達男先生に心より御礼申し上げたい。この論考は、先生の学者としての思索の結晶ともいうべき、滋味にあふれたものであった。戸川先生のご専門は、生体計測、すなわち、人間の行動の計測である。先生は、小型の加速度センサー装置を開発され、人間行動を定量的に計測された世界的に有名な学者である。私も、先生のご指導の下で、精神疾患の人々の行動を計測し研究するという幸運を得た。人体の動きを研究するということは、また同時に、人間の心の動きを研究するということでもある。
 戸川先生は、今年、アメリカの第一流の出版社CRCから、「Biomedical sensorsand instruments (second editon)」を刊行され、現在、世界的に注目を浴びている。しかし、この著作も、「人間についての謎」という、先生の謙虚な基本問題への問いかけに支えられているのである。科学と同様に、SFもまたはるか彼方の「人間についての謎」にむかっている。



JIN―仁― 1 (ジャンプ・コミックスデラックス)

JIN―仁― 1 (ジャンプ・コミックスデラックス)

  • 作者: 村上 もとか
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2001/04/04
  • メディア: コミック





 さて、ここでは、村上もとかの「JIN」(集英社 2001)をとりあげたい。この作品は、エリック・B・アンリエがウクロニーの傑作として注目しているものである(「ル・クロニー」2009年)。私は「JIN」を医学ウクロニーおよび個人ウクロニーに分類している。このことについては、私の受賞作「高い城の男―ウクロニーと易経」で、頁数の関係で書ききれなかった。そこで、その補遺を述べさせていただきたい。
「JIN」は、医学の歴史を脱構築することによって、「人間についての謎」に迫っている。決して、たかが漫画ではない。ウクロニー漫画こそは、直接、私たちの心に訴えかけ、重要な事実を明らかにするだろう。


現代の医療と江戸時代の医療
 主人公の南方仁は、三十四歳で、脳神経外科の専門医であった。突然、理由もわからず、一三八年前の、一八六二年(文久二年)の江戸時代にタイムスリップしてしまった。「JIN」は個人ウクロニーとして、独特の目線を持っている。南方は、現代人の目線を持って幕末の江戸の社会に生きる。彼は江戸時代の未来を知っているという点で、神のような力を持っている。しかし、彼自身は、自分がなぜ江戸時代にいるかわからないので、孤独であり、すっかり途方に暮れている。一方、当然であるが、江戸時代の人々は未来がどうなるかを知らない。このように時間認識が質的に異なっているにもかかわらず、人間関係が成立するのは、南方が江戸の社会で生きていかなければならないからである。私たちは、いつの間にか、南方と一体化した目線で江戸を見ていることに驚かされる。
 ウクロニーではパラレルワールドを関係づける目線が必要である。たとえば、「高い城の男」では、ジュリアナが二つの世界の旅をして、関係づけることができた。また、「紺碧の艦隊」では、登場人物は前世の記憶を持っている。
 私たちが南方の目線で江戸の社会に生きるとき、まずはっきりわかることは、現代と江戸時代の医療レベルの差である。わずか一三八年の違いであるが、江戸時代の医術と二〇〇年代の医学とはあまりにも大きな格差がある。こうして南方は自分の現代医学の知識を駆使して、江戸時代の患者を助けようと奔走した。武士の娘の咲は、自分の兄が南方に助けられたので、恩義を感じて、助手の役割をすることになった。彼女は、「先生は、きっと神の国からやってきたお医者様ですわ」と崇拝した。
 医療技術の差はまず、医療器具や薬剤に現れた。しかし南方はそれにめげずに、現在の医療を江戸時代の医療とつなごうと懸命に努力した。彼は最初に、手術の道具や点滴の針やゴム管を作り、それから、薬剤、特にペニシリンを開発した。けれども、現代の医学や医療は、総合科学であり、南方のたった一人の努力に限界があることは、見た目にも明らかである。逆に江戸にも、ゴム管や注射針を作るなど、高い技術があったことには驚かされる。
 医療技術にかんしては遅れていたが、江戸時代の人々は、私たちの失った豊かな人情を持っていた。たとえば、麻疹にかかった子どもの喜市を戸板にのせて、手拭いでマスクをした「一番組頭取い組」の長五郎が、仲間と一緒に威勢よく運ぶ場面がある。また、長屋の人々が集まって助け合う場面がある。江戸時代には、このような人情や助け合いは、ごく日常的なことであったに違いない。
 さらに江戸の町並みも美しく優雅であった。豊かな、汚染のない自然に囲まれて、のれんやすだれをかけた商店や武士のお屋敷などがならんでいた。そこを、着物を着た人々が行きかい、ふんどし姿の男たちが駕籠をかついで駆け抜け、荷物をつんだ車力が引かれていった。それに比べると、現在の東京の街は人間性を失っている。私たちは、現代文明や医療と引き換えに失ったものも大きいことを実感するのである。
 しかし、このような大きな差異にもかかわらず、南方と幕末の有名な医師、緒方洪庵は共通して、病に悩んでいる人々助けたいという高邁な情熱を持っていた。あの緒方洪庵が医学の権威者でありながら、南方に謙虚に教えを乞う姿は感動的であった。医療に携わる人々の心意気は、現在も江戸時代も変わることはない。「JIN」は、 医療が、時代を超えたものであり、医療を支えるのは人情や共感であるということを強く感じさせる。
 
「JIN」と江戸時代の小さな歴史
 ここで私たちは、「JIN」の江戸時代は、これまで学校で教わった江戸時代、すなわち自由のない封建的な時代とは大いに勝手が違っていることに驚かされる。これは、アカデミックな大きな歴史が、「本当の事実」にこだわるあまりに、江戸時代の底辺を構成している人々の日常的な社会、あるいは小さな歴史を取り落としているところに由来する。「JIN」は、過去の歴史家のように過去を裁くのではなく、小さな社会に生きる人々の生き様を、現代の目線であらわにしている。そこで描かれているのは、江戸の人々の小さな社会であり、アカデミックの歴史からこぼれだしている世界である。
このような世界は、フランソワ・アルトーグいう集合的記憶に基づいて構成されているといえるだろう。集合的記憶は、現在との関係で成立し、それぞれ持続を持つ集団の数だけある。一方、歴史は、生きた記憶よりも死んだ人の検死の方を優先し、たった一つあるだけである。したがって、「JIN」で描かれた江戸時代は、真偽は定かではないが、集合的記憶の世界のひとつである。 「JIN」を時代小説と比べてみると、ウクロニーの特徴がはっきりする。時代小説では、登場人物同士の目線は対等であり、読者自身がその時代に入り込んで関係を構築しなければならない。最近、時代劇の人気がなくなったという話を聞くが、それは、展開される物語と現在の関係が直接的ではないことからであろう。ところが南方は現代人として、坂本龍馬や勝凜太郎など、幕末の大スターと直接友達になった。さらに、南方は、日本に西洋医学を紹介したイギリス公使館付医師ウィリアム・ウィリスやアメリカ領事館付医師ヘボンとも出会い、英語で現代医学を教えた。このように、ウクロニーでは、南方あるいは読者が、これまではただ見上げるだけであった歴史的スターたちと、個人的に、しかも優位な立場で話し合えるという醍醐味がある。


吉原
 いよいよ、「JIN」第三巻になると、大江戸の花、吉原が舞台になる。幕末のスター、坂本龍馬は、南方を吉原に連れて行った。この場面は、カラーの頁になっていて、龍馬が、雑踏の中を歩きながら、遊郭を眺めて「ここが天下の吉原ぜよ」とつぶやく。
「まっこと、ここは、暗い闇の中に浮かぶ月の国のように明るい所じゃけんど・・・あの張り見世に居並ぶ遊女たちも、まさに、現世の菩薩様に見えてくるっちゅう寸法じゃ」
ここに描かれている日本髪の和服姿の遊女たちは美しい。フランスの男性の読者も、この失われた文化に対して、日本人以上に強い興味を抱くだろう。
 さて、南方と龍馬はいよいよ、吉原の中心部へと入り込む。二人は登楼し、最大のスター、鈴屋彦三郎抱え呼び出し花魁、野風を呼んだ。龍馬は「こんな美しいおなごを初めて見たぜよ!」と叫んだ。しかし野風はいった。「いかに親父様の大恩人でも・・・あちきは浅葱裏と盃を交わすことはいやでありんす!」(浅葱裏とは気の利かない田舎侍のことであるという。ここで、興味深いのは、吉原独特の言葉を、生きた形で聞くことができるということである)。さすがの龍馬もがっくりした。花魁には、自分の気に入らない男性を、龍馬であろうと、どんなお金持ちであろうと、拒否する権利や自由があった。しかし、さすがは龍馬である。呵々大笑し、「まっこと惚れたぜよ! この龍馬あきらめんぞ、そのうち必ず野風から、固めの盃を受けてみせちゃるさきに」
 これをみると、花魁と遊び客の駆け引きは虚虚実実であり、客は一度この駆け引きに巻き込まれると、完全に目をくらまされてしまうはずである。また、吉原の遊女たちも春を売るばかりではなく、自分に寄ってくる男たちの心意気を買ったに違いない。吉原は、男の遊び心を扇動し錯乱させ、膨張させる極限のゲーム・システムを構成していた。


 ここで、渡辺京二の「逝きし世の面影」(平凡社 二〇〇五)を参照しよう。この本は、外国人の旅行記を素材にして、構造主義的に江戸時代の生活を復元して、大きな歴史からすり抜けた小さな歴史を明らかにしている。当時、日本を訪れた外人は、いわば未来の世界から来た人ともいえるので、ウクロニーの目線で観察している。もちろん、外国人旅行者の記述は、単なる、通りすがりの表面的な印象にすぎないかもしれないが、無視できないものがある。渡辺は書いている。「古い日本が異邦人の目に妖精の棲む不思議の国に見えたり、夢とおとぎ話の国に映ったりしたとすれば、それは古い日本の現実がそういう幻影を生じさせるような特質と構造をそなえていたということを意味する」(五二頁)。
 外国人たちは共通して日本の文化の独創性に驚嘆した。渡辺は、イギリス人のジェフソンとエルマーストの言葉を引用している。「新奇さは一般に魅力的だ。しかし、新しい場所に着くとまもなく色褪せてしまう。ところがわれわれにとって、日本とその住民はけっして新奇さを失うことがなかった」(五一頁)。これらの旅行者の印象は、確かに江戸時代の人情の特徴を伝えている。


 外国人旅行者たちは、もちろん吉原について語っている。ところで、吉原に触れる前に、江戸時代の日本人の性に対する考え方に、少しばかり触れておかなければならない。渡辺によれば、当時の日本人は裸体に恥じらいを感ずることがなく、女性の裸は、街頭で日常的に見ることができた。彼らは、肉体という人間の自然に何ら罪を見出していなかった。肉体で強調されるのは罪ではなく、女性の魅力であった。あらゆる年齢の女性たちがみだらな絵を見て大いに楽しんでいた。しかも寺社仏閣など巡礼地は、女郎屋で囲まれていて、精進落としの慣例と関係していたという。この背景には、江戸の社会では、性を精神的な憧れや愛に昇華させる志向が、まったく欠けていたということがある。そこがキリスト教文化と日本の文化との決定的な違いであった。
 さて、渡辺は吉原について、一八七一年のグリフィスの記述を引用している(この年は、南方がタイムスリップした時の、九年後であるから、「JIN」とほぼ同時代と考えていいだろう)。
「日本で最も立派な家は娼家のものである。政府認可の女郎屋は数エーカーの土地にわたってあるが、そこは首都で最も美しい場所である。東洋の輝き―町の神話―が現実になるのは、吉原の木戸に横木が置かれる時である」(三三一頁)。
 遊郭は、みだらな隠れ家とも卑猥な出会いの場所ともみなされておらず、身分の高い人々がそこで友人をもてなすほどであった。実際、身分の高い人の夫人にとっても、遊郭について人前で話しても、何ら恥ずべき話題ではなかったのである。さらに渡辺を引用しよう。
「妓楼経営者はかなり立派な市民と考えられている。そして、妓楼の女たちに親切である場合には、称賛を受けたりしている。彼らは妻帯して普通の生活を営み、下賤な階級として忌避されることはない」(三三二頁)。
 ところで、「逝きし世の面影」によれば、江戸では遊女の約一割が梅毒にかかっていたという。梅毒は田舎ではまれであったが、都市では三十歳以上の男性の三分の一が冒されていたようである。


おわりに−集合的記憶−
 「JIN」は、現在私たちが生きている世界と過去の世界との、火花の散るような接触を描いている。ウクロニーは、現在の目線から、現在と過去の断絶を越えて、集合的記憶の奥深く入り込む。南方は、江戸時代の集合的記憶の中にタイムスリップして、吉原の花魁、野風と出会った。生きている吉原は合法的であり、当時の性に対する考え方を背景に成立し、社会の中の一部であった。そこはまだ、西洋由来の近代理性の法廷から弾劾されていない場所であった。
精神分析の理論を拡張すると、集合的記憶も個人的記憶と同様に抑圧される運命にあるだろう。今、吉原のことを語ると、人々は時代遅れの江戸時代の悪徳や恥を美化して話題にするのはけしからんと攻撃するだろう。しかし、その批判は、ミシェル・フーコー風にいえば、進化論的歴史と理性を武器にした政治権力によって、性と罪を結び付られ、抑圧されてしまったところに由来する。
集合的記憶の抑圧と引き換えに、現代文明は、性のよみがえりと豊饒の祭典に象徴される人間の生命力を失った。また逆にいえば、現代の医学や科学技術は理性に従って、江戸時代に満ちていた生命力を、抑圧あるいは犠牲にして進歩した。この医学の進歩と人間の自己破壊はパラドックスであり、まさに「人間についての謎」としかいいようがない。「JIN」は、精神分析治療のように、過去の集合的記憶に立ち戻り、傷ついた心を癒す働きをする。今後、ウクロニーは、様々な方向へと触手を延ばし、歴史や社会学とは異質な日常的な集合的記憶を生きた形で体験させ、新しい意識を生み出すだろう。


参照文献
フランソワ・アルトーグ(伊藤綾訳)「歴史の体制」、藤原書店、二〇〇八。
渡辺京二「逝きし世の面影」、平凡社、 二〇〇五)
posted by 21世紀、SF評論 at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | SF評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月20日

「地域新聞 東葉版」掲載 伊藤計劃ライフ・ヒストリー

 「21世紀、SF評論」をお読みの方であれば、『虐殺器官』『ハーモニー』等で知られる作家の伊藤計劃さんが日本人で初めて英語圏のSF賞(フィリップ・K・ディック記念特別賞)を受賞したことはとうにご存知かもしれません。
 「SFマガジン」2011年7月号において「伊藤計劃以後」という特集が組まれたことからもわかるとおり、その仕事の意義は本人亡き後も高まるばかりです。もはや現代SFのひとつの里程標と呼んでも過言ではないように思います。

 一方、伊藤計劃さんの仕事は、ふだんSFに馴染みがない人たちにも大きなインパクトを与えました。そこで今回は「地域新聞 東葉版」(地域新聞社)の2面に掲載された、ディック賞の受賞を報じながら、伊藤計劃さんのライフ・ヒストリーに焦点を当てた新聞記事をご紹介したいと思います。
 一般の生活者を対象とした記事でありながら、SF界ではあまり紹介されてこなかった、作家の、一人の人間として地元を生きる姿が簡潔かつ明快に映しだされています。伊藤文学の出発点を感じていただければ幸いです。
 それでは以下、執筆者の「カメ」さんの許可をいただき、当該記事を全文転載させていただきます。(岡和田晃)


米SF小説特別賞受賞 日本人初の快挙 八千代市の故・伊藤計劃さん


 2009年3月、多くのファンに惜しまれながら、SF作家の伊藤計劃さんは肺がんのためこの世を去った。34歳だった。

 彼の最後の長編『ハーモニー』は国内外で高く評価され、故人として初めて日本SF大賞を受賞。そして今年、アメリカのフィリップ・K・ディック記念特別賞を受賞した。海外で日本のSF小説が賞を受けるのは初めてのことだ。

 伊藤さんは東京で生まれ、ぜんそく治療のため3歳の時に八千代市勝田台へ。そのころよく利用した路線の駅名をすべて漢字で読み書きし、周りの大人を驚かせたという。

 地元の幼稚園から小・中学校へと進んだ伊藤さんは本を好み、勉強より漫画を描くことに熱中するような少年に成長した。

 大学卒業後マスコミ関連の仕事に就いたが、程なくしてがんを発病。以来、入退院を繰り返す生活となる。

 しかし伊藤さんは、あらゆることへ興味を持ち、それらに情熱を注いだ。退院すると会社へ出勤するかたわら、年400本を超える映画鑑賞、本で部屋を埋め尽くすほどの読書。ゲームや映画の評論家としても活躍し、2007年にはSF長編小説『虐殺器官』で作家デビューする。

 『ハーモニー』は入院中、体調の良い時に書かれた作品。医学が成熟し、健康とモラルが過度に発達した社会が舞台となっている。独特の世界観とリアルな描写、練られた構成で支持が広がり、SFを読んだことがない人をも夢中にさせた。

 その一方で、がんは伊藤さんの体をさらにむしばんでいった。だが病室でも山ほどの本を取り寄せ、「まだまだ書きたいことがいっぱいある」と、命を削るように原稿を書き続けた。

 伊藤さんの最後のブログ更新は2009年1月。2年以上たった今もファンからの書き込みは続いている。

 伊藤さんの両親は「今回の受賞は本人が一番びっくりしているはず。息子というより、伊藤計劃という作家の活躍を見ているようです。これをきっかけに彼が育った八千代市の皆さんに関心を持っていただけたらうれしいです」と著書を前に話した。

 生前は静かな環境を保つために、周囲には作家活動のことをほとんど語らなかった伊藤さん。八千代市発の栄誉ある受賞を、彼のいる空に向かっておめでとうと伝えたい。(カメ)

(地域新聞社発行 地域新聞 東葉版(2011年6月17日号 Vol.1570) 総発行部数1785419部)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA) [文庫] / 伊藤 計劃 (著); 早川書房 (刊)ハーモニー (ハヤカワ文庫JA) [文庫] / 伊藤 計劃 (著); 早川書房 (刊)
posted by 21世紀、SF評論 at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | SF評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。