《スーベニアブック版「東京SF大全」再掲にあたって》
日本SF評論賞チーム有志は、去る2010年8月7日〜8日に開催された東京での第49回日本SF大会(tokon10)を応援するために、大会参加者に限定配布された「TOKON10スーベニアブック」へ「東京大全」(東京に関したSF作品のレビュー)を寄稿しました。
それぞれの原稿が扱った題材は、TOKON10実行委員会公式ブログ(http://blog.tokon10.net/)および「SFマガジン」2010年9月号で連載されたものと重複するものもありますが、ブログや雑誌記事との差別化が意識されている原稿になっています。このたび、その意義をご理解いただいた関係各位の許可を得て、「21世紀、SF評論」において、連載という形で再掲していきます。ご笑覧いただけましたら幸いです。(岡和田晃)
萩尾望都
『キャベツ畑の遺産相続人』
(「週刊 少女コミック」1973年15号 のちに『精霊狩り−傑作短編集』小学館文庫、『萩尾望都作品集 第10巻 キャベツ畑の遺産相続人』小学館、『この娘うります!』白泉社文庫に収録)
評者:宮野由梨香
舞台はキャベツ畑の中にある館。3人の女性が共同生活を営んでいる。名はジョージィ、ポージィ、プリン・パイ。ある日、彼女たちのもとに「相続すべき遺産」が送られてくる。それは…「すっかんぴんの遺児」のター・ブー少年。「かわいそうな みなしごを 寒空に追い出したり しないでしょ?」
哀願に負けた3人は、少年と共同生活を始める。少年に正体がばれるのは時間の問題。……天井にドアがある! かぶっている帽子が突然に爆発する!! 夜中にキャベツの大群が転がりながら窓の外に押し押せる!!!
「そうそうにあの子にばれちゃったわ! あたしたちが魔女だってこと!」
ター・ブーは驚きながらも、いっちょまえの解釈をしてみせる。
「それ 超心理学といって 超能力のことだよ」
だからSF。しかも東京SF。
萩尾望都は成り立ちをこのように語る。
ある夜、ワイワイ集って話をしていたとき、サトサマ(佐藤史生のこと。宮野註)が、「真夜中に向かいのキャベツ畑からキャベツがごろごろころがってトントンとやってきて……」
「ワー、おもしろい。その案もらっていい?」
「いいよ」というので、キャベツの転がる話が出来、いいだしっぺが、キャベツを呼ぶ魔女となったのだ。
(萩尾望都「ド・サト奇談」…佐藤史生『金星樹』解説(奇想天外社)1979年)
当時、萩尾望都が仲間と共同生活していたアパートは、東京都練馬区南大泉のキャベツ畑の向かい側だった。
1970年代における少女マンガの革新――例えば本格的なSFを描くこと――は、この地から始まった…とも言われる。
萩尾望都は『精霊狩り』(1971年)の27ページ目の絵の中に、さりげなくローマ字で記している。
WATASIWA S・F GA SUKI…DEMO "ONNANOKO" NIWA S・F GA WAKARANAINODA TO IUNODESU. HONTOKASIRA……?
(私はS・Fが好き…でも“女の子”にはS・Fがわからないのだというのです。ホントかしら……?)
SFが書きたくとも編集者に「読者対象への配慮」を盾に阻止されてしまう。そんな事情が、少女マンガ界にはあったようだ。
『精霊狩り』の続編『みんなでお茶を』(1974年)の冒頭2コマ目には(MOKUSITE KATARAZU BAKA NI TUKERU KUSURI WA NAI)なる書き込みが。怒りは静かに激しい。
超能力を持つ女たちが得た遺産は、能力を持ちすぎた子どもであった。実は、ター・ブー少年こそが世界の存続にかかわる超能力の持ち主だった。能力の正しいあつかいかたを身につけられるであろう26歳まで、魔女たちが育ての親となる。
ター・ブーは今にタブーでなくなる。魔女たちは様々なタブーに挑戦していた。うら若き女性たちが共同生活を営み創作に打ち込むのも、もちろんタブー。生殖に背を向ける行為だからだ。
魔女3人の名の出典は「マザー・グース」である。萩尾望都は、平野敬一『マザー・グースの唄 イギリスの伝承童謡』(中公新書275)を読んで「マザー・グースがたいそう好きになった」と語っている。(草思社『マザー・グースのうた 第4集』付録「クック・ロビンは一体何をしでかしたんだ」)
平野敬一の本の43頁には、「ジョージィ・ポージィ プリンにパイ/おんなのこには キスしてポイ」という谷川俊太郎訳が原詩とともに載っている。『ポーの一族』中の「一週間」でアランが口ずさむアレである。
この歌詞の名前を持つ魔女たちが、黙して語らず、キャベツを召喚したり遺産相続したりして、育てあげてみせたのは“作品”という名の子どもであった。
子どもは、キャベツから生まれたっていい。現在の我々はもちろん、それがいかにすぐれたものに育ったかをを知っている。
キャベツは、日々、“東京”という土壌にも育つ。
それらを愛する我々もまた「キャベツ畑の遺産相続人」である。
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